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レビュー 木藤純子展「Vostok」


木藤純子展「Vostok」
ギャラリーキャプション 2008年3月4日~4月12日
text:田中由紀子

展覧会DMに印刷されていた銀色の物体。鉱物の結晶や化石を想起させるが決定打に欠け、しばらく気にかかっていた。それが南極大陸の衛星写真とわかったのは、会場の入口だった。パソコン画面に、インターネットで今まさに配信されているヴォストーク湖についての情報とDMの画像が示されていたのだ。鉱物や化石かと思いきや、衛星が捉えた南極大陸であったのには驚いた。
会場は2作品で構成。《Room2》は手前の小部屋を使ったインスタレーションで、中央に据えられた白い柱の一部が透明ケースになっており、細い木の根が収められている。闇の中にくっきりと浮かび上がるそれは、ホルマリン漬けにされた標本を思わせた。
突然、ケース内の照明が消えた。しばらくして視線を落とすと、床には葉が生い茂る枝の青白いシルエットが柱から放射状に広がり、予想し得なかった展開に意表を突かれた。まるで空間そのものが水中であり、水面上にあるだろう細木の枝や葉が水底に影を落としているかのようだ。
一方、《Room1》が展示された奥の部屋には、何本もの細木の幹や枝が床や壁から伸びており、その縦横無尽なさまは人間の侵入をどこか拒んでいるようにも思えた。《Room2》が湖底ならば、こちらは氷上の世界というべきか。
ヴォストーク湖の氷床下には液体の水があり、湖が50~100万年にわたり氷に封印されていたことが近年わかってきたが、湖水汚染防止の観点から、調査のための掘削は停止されたままだという。水中には他に類を見ない生態系が存在する可能性が高いものの、私たちはそれを想像するしかない。
こうした情報も例外ではないが、私たちはインターネットですぐさま情報を取り出すことができる。しかしそれに慣れすぎてしまい、実際に目にしたり触れたりした経験がないままに、すべてを把握したつもりになってはいないだろうか。見えないものを見せることをテーマとする木藤が、今回、インターネットによる情報を提示したのは、知識があっても何もわかっていないことを感じてほしかったからだという。
この世界をつくり上げているのは、目に見える事象ばかりではなく、私たちは世界のほんの一部を把握しているにすぎない。そう考えると、生きることは薄闇の中を歩んでいくようなものかもしれない。そのとき、見えるものから見えないものを想像する力は、私たちが一歩を踏み出す支えとなるだろう。

写真: "Vostok" | ギャラリーキャプションのためのインスタレーション
《Room2》 タイマー制御によるライティングと立体作品およびペインティングによるインスタレーション
植物の根、床に蓄光塗料によるペインティング、他 2008年 撮影: 大須賀信一

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